今回は、メッキ技術の時計部品への応用について紹介します。
目次
機械式時計とクォーツ時計
普段いつも手元で正確な時間を刻んでくれる便利な腕時計ですが、腕時計の針を動かすためには動力源(エンジン)が必要になります。
このエンジンをムーブメントと呼び、この方式により腕時計は大きく「機械式時計」と「クォーツ時計」の2つに分けられます。
引用:セイコーホールディングス株式会社ホームページ
機械式時計とクォーツ時計
機械式のムーブメントはその動力源をゼンマイに、クォーツ式は消耗式の電池と電子回路に拠っています。
機械式ムーブメントは数百年前に誕生し、教会の時計や置き時計、懐中時計へと受け継がれ、改良が重ねられて小型化、高精度化が実現されました。スイスを中心に各メーカーがしのぎを削り、1960年代にかけて機械式時計は隆盛を極めました。
1969年に日本のセイコーホールディングスが世界で初めてクォーツ時計を実用化し、クォーツ技術をデファクトスタンダードにするために、その特許を無償公開しました。多くのメーカーがクォーツ式時計の生産に参入し、世界中に「クォーツショック」と呼ばれる衝撃を与えました。スイスで同時期に起こったスイスフランの高騰、原材料、人件費の上昇によりスイスの機械式時計メーカーは破綻寸前まで追い込まれました。
最近ではスマートフォンの登場もあり、腕時計の生産数量は年々減っていますが、機械式時計は時を刻む以外の芸術性や匠の技が評価されて、いわゆる伝統工芸品の一つとして高級品としての確固たる地位を確立しています。
【参考】世界・日本の腕時計生産量(2015年~2019年)
2019年の世界全体の腕時計生産量は約13.5億個。その内訳はアナログ・クォーツが73%、デジタルクォーツが23%、機械式が4%となっています。
引用:一般社団法人日本時計協会 2019年 ウォッチおよびクロックの世界生産(推定値)
2019年 ウオッチおよびクロックの世界生産(推定値) | 統計データ | 日本時計協会 (JCWA)
機械式時計が高価な理由
エントリーモデルでも10万円台、超高級ともなれば何千万円にもなる機械式時計ですが、価格を左右する要因としては、ブランド力、人気動向、材質など多くあります。今回はその中でも各社が力を入れる「ムーブメント」の製造における価格上昇の要因を紹介します。
部品が多い
機械式時計はシンプルなものであっても部品点数が100を超え、組み立て作業のコストがかさみます。
部品が小さい
精度に重要な役割を果たすムーブメントの部品として、がんぎ車、アンクル、てんぷがあります。これらの部品サイズは数mm程度の大きさで、肉抜き加工や磨き加工を手作業で行います。
高度な技術力をもつ技術者の確保
腕時計という限られた空間の中に組み立てていく非常に高精度な技術が必要で、高い技能をもつ技術者の確保が難しく、人件費が高くなります。
メッキ技術の応用によるコスト削減
ムーブメント部品の製造方法には、加工機を使った人手による切削や研磨など、ミクロン単位の精密加工が必要になります。この人手による低生産性、寸法精度を改善するために、精密メッキとフォトリソグラフィの複合技術が活用されています。
この精密メッキ、フォトリソグラフィの技術は、電子デバイス用の超微細加工法として広く知られ、nm(ナノメートル)スケールの加工に適用されています。
※フォトリソグラフィとは・・・
写真現像技術を応用した微細加工技術で、光に反応する物質を塗布した物質の表面をパターン状に露光することで、露光された部分と露光されていない部分からなるパターンを作成する技術です。
引用:大日本印刷株式会社ホームページ
この複合技術を時計の精密部品に適用できるmm(ミリメートル)スケールの技術へ改良し、精密な銅めっき膜を欠陥なく、ボトムアップ成長させることができます。
電子デバイスに比べるとスケールが大きいですが、改良に際しては添加剤、加工条件等重要なノウハウが多く詰まっています。
機械式時計は匠の技を集結させた芸術品ですが、後世への技術の伝承にもこのような化学技術が寄与することを期待しています。